1871年、グリフィス家のクリスマス


クリスマス
当館の開館に際し、グリフィスの記述を元に描かれた絵(林ゆかりさん:画 https://nijimi.com/


牧師として長い人生を送ることになるグリフィスは、日本には宣教師ではなく教師として赴任し、公に布教活動を行うことはありませんでした。いわゆる南蛮文化を日本に伝えた宣教師たちが追放されて以来数世紀間、幕府の命令で日本人のキリスト教信仰は禁じられ、グリフィスが福井で暮らした明治四(1871)年においても未だキリシタン禁制の高札が日本中に掲げられていました。クリスマスもキリストの降臨を祝う行事である以上、宗教的なミサとはいえないホームパーティーであっても日本人が公に参加することはできないはずでした。長崎出島のオランダ人たちによるパーティーも、冬至のお祝いを装って開かれることで日本人通詞たちが参加していたようです。
政府が高札の撤去を命じたのは明治六(1873)年二月です。翌七年には東京築地の外国人居留地内の女学校において、日本人キリスト教徒がクリスマス・パーティーを開いた記録が残っています。ところが、グリフィスが明治四年十一月(1871年12月)に故郷の家族に宛てて書いた手紙には、彼が福井の自宅で生徒たちと一緒に「愉快で斬新なクリスマス」を楽しんだことが生き生きとつづられています。

当時グリフィスは生徒数名と同居していて、日曜日には共に聖書を読んでいました。12月24日(日曜日)、聖書の会の後グリフィスは生徒たちと散歩に出た際、米国のクリスマスの話をしました。帰宅してからも生徒たちはクリスマスに興味津々で、グリフィスは彼らに靴下の代わりに足袋(たび)を吊るすように言いました。「少年たちは松と栂(つが)を切り、みかん、張り子のおもちゃ、いろんな食べ物、つがいの雉(きじ)、各自の新しい足袋、紐(ひも)などを持ってきて、食堂の壁や暖炉をいろんな色の装飾品、緑の枝などで飾り、足袋を吊るした」(山下英一訳『グリフィス福井書簡』)。足袋は都合9足になりました(生徒五名、使用人のサヘイ、その妻子、若い使用人ゴンジ)。彼らが寝た後で、グリフィスは足袋の中に「角砂糖、ドロップ、干しぶどう、筆記用紙、鉛筆、写真、ペン、ジャムの小瓶、小物、小銭」などを入れました。翌朝みんなは大喜びです。
当然祝日ではありませんから、その日も学校の授業がありました。グリフィスは生徒から学校を休むよう言われましたが登校しました。でもお昼からは休みをとり、学校の生徒や職員を自宅に招きました。こうして日本人60~70名が参加するパーティーが開かれました。

「少年たちはゲームなどを楽しみ、年長者は談笑したり、立体鏡写真をのぞいたりして楽しんだ。みんな幸せそうだった」。グリフィスはチョコ、コーヒー、ビスケット、和菓子などをふんだんに振舞いました。グリフィスがみんなのカップにコーヒーを注ぐのを見て、生徒たちが手伝いました。参加者はチョコもコーヒーも初体験でした。外から中をうかがっていた野次馬も引っ張り込まれて、コーヒーを振舞われたようです。「キリストの名を冒瀆し違法とする政府のKosatsと、その名を讃える祝祭とが同じ一つの町にあるのはなんとも不思議だった」とグリフィスは書いています。

このように宗教を離れた祝祭としてのクリスマスは今日わが国に定着し、すっかり日本の冬の風物詩となりましたが、グリフィスが福井における家族にプレゼントを贈りパーティーを開いた光景は、一つの原点だったといえます。翌明治五年には静岡でグリフィスの親友でもある教師E.W.クラークによって、同六年には秋田県小坂鉱山に赴任した技術者C.A.ネットーによって、楽しいクリスマスパーティーがそれぞれの地で開かれています。地方におけるお雇い外国人たちは専門の仕事だけではなく、広く外来文化を地元の人々に伝える最初の存在でもありました。明治初期の日本のクリスマスには、長い鎖国の後の新時代へ踏み出した熱気と、異文化に直接ふれあう温かい交流のぬくもりがあります。



2022年日下部グリフィス学術文化交流基金事業『幸福の足袋』


もよおし

〇スタンプラリー「幸福の足袋」
JR福井駅改札横の日本旅行支店前で台紙を入手して下さい。台紙の地図を見ながら、観光案内所→ 北ノ庄城址→ グリフィスと日下部太郎の銅像→ 異人館跡とめぐり、当館がゴールとなります。先着200名様に、記念品の足袋を差し上げます。
記念品受け渡し:期間中の土・日・祝日(11月12、13、19、20、23、26、27日、12月3、4、10、11、17、18、24、25日)午前10時~午後5時。当館事務室にて。

〇グリフィス館の館内装飾:11月16日から館外壁のプロジェクションおよびイルミネーションも行います。館内1階のクリスマスツリーには願掛けの足袋を吊るして下さい。(足袋が無くなり次第終了します。)

【11月16日(水)と12月7日(水)、18日(日)は事業の催しにより午後3時頃まで2階の入室が制限されます。ご了承ください】

小説『幸福の足袋』について

著者の細谷龍平氏は公益財団法人日下部グリフィス学術文化交流基金理事長に就任以来、グリフィスコレクションに残された150年前の日記や手紙を丹念に読み込まれ、基金のFacebookや市民講座で内容を発信してこられました。当時のグリフィスにとって、来日直前に別れたエレン・ジョンソンの存在がとても大きなものだったことも、リサーチの過程で明らかになりました。それはこれまでのグリフィス研究においてあまり重視されてこなかった、けれども福井在住時のグリフィスを理解する上でとても大切な事柄でした。この小説は史料を基に叙述されたグリフィスの悲恋の実話であると共に、彼の福井での経験と心情を細やかに描きながら、クリスマスの物語に昇華させたフィクションでもあります。物語の余情と共にW.E.グリフィスの人間像が胸に残る作品として、おすすめします。

※著者による公開講座が11月27日に福井大学文京キャンパスで行われます。申込みは同月20日までです。
 詳細はこちらhttps://chiiki.ad.u-fukui.ac.jp/cate5/13332/