独楽吟(どくらくぎん)『橘曙覧遺稿志濃夫廼舎歌集』より
橘曙覧の「独楽吟」とは「たのしみは」で始まって「・・・とき」で終わる形式でよんだ和歌のことです。
曙覧の生活や家族の幸せ、学問への態度などがよみ込まれています。
毎年、福井市では作品を募集しています。みなさんもぜひ独楽吟を詠んでみてください。
募集期間:9月1日~11月30日 募集要項はこちら(福井市のHPに移動します)をご覧ください。
-
たのしみは艸(くさ)のいほりの莚(むしろ)敷(し)きひとりこころを静めをるとき
-
たのしみはすびつのもとにうち倒(たふ)れゆすり起(お)こすも知らで寝し時
-
たのしみは珍(めづら)しき書(ふみ)人にかり始め一(ひと)ひらひろげたる時
-
たのしみは紙(かみ)をひろげてとる筆の思ひの外(ほか)に能(よ)くかけし時
-
たのしみは百日(ももか)ひねれど成(な)らぬ歌のふとおもしろく出(い)できぬる時
-
たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭(かしら)ならべて物(もの)をくふ時
-
たのしみは物をかかせて善(よ)き価(あたひ)惜(を)しみげもなく人のくれし時
-
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴(は)れし春秋(はるあき)の日に出(い)でありく時
-
たのしみは朝おきいでて昨日(きのふ)まで無(な)かりし花の咲ける見る時
-
たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつづけて煙艸(たばこ)すふとき
-
たのしみは意(こころ)にかなふ山水(やまみづ(さんすい))のあたりしづかに見てありくとき
-
たのしみは尋常(よのつね)ならぬ書(ふみ)に画(ゑ)にうちひろげつつ見もてゆく時
-
たのしみは常(つね)に見なれぬ鳥の来て軒(のき)遠からぬ樹(き)に鳴きしとき
-
たのしみはあき米(こめ)櫃(びつ)に米いでき今一月(ひとつき)はよしといふとき
-
たのしみは物(もの)識人(しりびと)に稀(まれ)にあひて古(いに)しへ今を語りあふとき
-
たのしみは門売(かどう)りありく魚買ひて烹(に)る鐺(なべ)の香(か)を鼻(はな)に嗅(か)ぐ時
-
たのしみはまれに魚烹(に)て児(こ)等(ら)皆がうましうましといひて食(く)ふ時
-
たのしみはそぞろ読みゆく書(ふみ)の中(うち)に我とひとしき人をみし時
-
たのしみは雪ふるよさり酒の糟(かす)あぶりて食(く)ひて火(ひ)にあたる時
-
たのしみは書(ふみ)よみ倦(う)めるをりしもあれ声(こゑ)知る人の門(かど)たたく時
-
たのしみは世に解(と)きがたくする書(ふみ)の心(こころ)をひとりさとり得(え)し時
-
たのしみは銭(ぜに)なくなりてわびをるに人の来たりて銭くれし時
-
たのしみは炭(すみ)さしすてておきし火の紅(あか)くなりきて湯の煮(に)ゆる時
-
たのしみは心(こころ)をおかぬ友(とも)どちと笑ひかたりて腹(はら)をよるとき
-
たのしみは昼(ひる)寝(ね)せしまに庭(には)ぬらしふりたる雨をさめてしる時
-
たのしみは昼寝目(め)ざむる枕(まくら)べにことことと湯の煮(に)えてある時
-
たのしみは湯(ゆ)わかしわかし埋(うづ)み火(び)を中(うち)にさし置きて人とかたる時
-
たのしみはとぼしきままに人集(あつ)め酒飲め物を食(く)へといふ時
-
たのしみは客人(まれびと(まらうど))えたる折(をり)しもあれ瓢(ひさご)に酒のありあへる時
-
たのしみは家内(やうち(やぬち))五人(いつたり)五(いつ)たりが風だにひかでありあへる時
-
たのしみは機(はた)おりたてて新しきころもを縫(ぬ)ひて妻(め)が着する時
-
たのしみは三人(みたり)の児どもすくすくと大きくなれる姿(すがた)みる時
-
たのしみは人も訪(と)ひこず事(こと)もなく心をいれて書(ふみ)を見る時
-
たのしみは明日(あす)物(もの)くるといふ占(うら)を咲(さ)くともし火の花にみる時
-
たのしみはたのむをよびて門(かど)あけて物もて来(き)つる使(つか)ひえし時
-
たのしみは木(こ(き))の芽(め)瀹(に)やして大きなる饅頭(まんぢゅう)を一つほほばりしとき
-
たのしみはつねに好める焼豆腐(やきどうふ)うまく烹(に)たてて食(く)はせけるとき
-
たのしみは小豆(あづき)の飯(いひ)の冷(ひ)えたるを茶(ちゃ)漬(づ)けてふ物になしてくふ時
-
たのしみはいやなる人の来(き)たりしが長くもをらでかへりけるとき
-
たのしみは田(た)づらに行きしわらは等(ら)が耒(すき)鍬(くは)とりて帰りくる時
-
たのしみは衾(ふすま)かづきて物(もの)がたりいひをるうちに寝(ね)入(い)りたるとき
-
たのしみはわらは墨(すみ)するかたはらに筆の運(はこ)びを思ひをる時
-
たのしみは好(よ)き筆をえて先(ま)づ水にひたしねぶりて試(こころ)みるとき
-
たのしみは庭(には)にうゑたる春秋(はるあき)の花のさかりにあへる時(とき)時(どき)
-
たのしみはほしかりし物銭(ぜに)ぶくろうちかたぶけてかひえたるとき
-
たのしみは神の御(み)国(くに)の民(たみ)として神の教(をし)へをふかくおもふとき
-
たのしみは戎夷(えみし)よろこぶ世の中に皇国(みくに)忘れぬ人を見るとき
-
たのしみは鈴屋(すずのや)大人(うし)の後(のち)に生まれその御(み)諭(さと)しをうくる思ふ時
-
たのしみは数(かず)ある書(ふみ)を辛(から)くしてうつし竟(を)へつつとぢて見るとき
-
たのしみは野(の)寺(でら)山里(やまざと)日をくらしやどれといはれやどりけるとき
-
たのしみは野(の)山(やま)のさとに人遇(あ)ひて我(われ)を見しりてあるじするとき
-
たのしみはふと見てほしくおもふ物辛(から)くはかりて手(て)にいれしとき